
「中に住む」——現場の痛みに届く事業を作りたいとき、賀川豊彦は何をしたか
賀川豊彦 · 運動・福祉 · 推定 ISFJ
※本記事は、公開された著作・発言・思想データを基に構成された「仮想の対話/思想分析コンテンツ」です。対象人物への直接取材や許諾に基づくものではありません。
安全な場所からの設計で、現場の苦しみが救えないと感じている人へ。
新しい仕組みや事業を立ち上げるとき、遠くから正しい制度を配ろうとして手応えを失うことがあります。賀川豊彦は安全な場所に立ち止まりません。まず自分自身が一番苦しい場所へ荷車一台で引っ越しました。話は、神戸の路地から入ります。
01
インタビュアー
スラムに自分から住んだって、本当ですか。
賀川豊彦の仮想の性格
本当です。
神戸の新川という路地に長屋を借りました。
そこで病気の人や行き倒れの人と暮らしました。
02
インタビュアー
自伝の小説が大ベストセラーになったんですか。
賀川豊彦の仮想の性格
『死線を越えて』という小説を書きました。
それが驚くほど多くの人に読まれました。
貧民街の現実を知ってもらう道になりました。
03
インタビュアー
体を壊しても、住み続けたんですか。
賀川豊彦の仮想の性格
結核や眼病にかかりました。
倒れても街から出る気はありませんでした。
ここに居ることが私の務めでした。
04
インタビュアー
印税を全部運動に入れたのは、なぜですか。
賀川豊彦の仮想の性格
私個人の金ではないと考えました。
困窮する人たちの生活へ回しました。
診療所や保育所を作る元手になりました。
インタビュアー
家族の生活費ですよ、それ。
妻には苦労をかけました。
でも目の前で飢えている人を捨てられませんでした。
お金は社会を巡る血だと信じています。
05
インタビュアー
組合や生協を作ったのは、施しに限界を見たからですか。
賀川豊彦の仮想の性格
個人の施しだけでは貧しさは消えません。
自分たちの手で生活を守る基盤が必要でした。
一人ひとりが少しずつ出し合う仕組みを作りました。
06
インタビュアー
祈りと運動、どちらが先ですか。
賀川豊彦の仮想の性格
祈りが先です。
祈りから隣人の痛みを思う心が生まれます。
その心がそのまま生活協同組合の活動になります。
07
インタビュアー
神戸の路地に越した日、荷物は何でしたか。
賀川豊彦の仮想の性格
荷車一台だけでした。
布団と数冊の本と小鍋を積みました。
それだけで六畳長屋に入りました。
08
インタビュアー
大きな争議の先頭で、何を求めたんですか。
賀川豊彦の仮想の性格
労働者の人間としての尊厳を求めました。
造船所の争議で組合の権利を主張しました。
暴力ではなく平和な団結で訴えました。
09
インタビュアー
中に住むやり方は、体がいくつあっても足りなくないですか。
賀川豊彦の仮想の性格
限界は何度も迎えました。
自分の命を削りながら走りました。
倒れるたびに仲間に助けられました。
インタビュアー
一人で背負う型は、続きませんよ。
私一人で背負う気はありませんでした。
だから助け合う協同組合を残しました。
仲間がいれば暮らしは続きます。
10
インタビュアー
外から仕組みを作る支援を、どう見ますか。
賀川豊彦の仮想の性格
制度を作る仕事も大切です。
でも現場の寒さを知らない制度は人を救えません。
まず隣に座って涙を拭く必要があります。
インタビュアー
仕組みの方が、千人救えますよ。
遠くから眺めても本当の傷は見えません。
同じ飯を食べて初めて通じ合います。
外から配りません。中に、住みます。
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